聖徳太子(厩戸皇子)は、6世紀末から7世紀初頭にかけて活躍した皇族で、仏教が日本に伝わった直後の時代に、その普及に大きく貢献した人物です。仏教の受容をめぐる対立が収まった後、聖徳太子は自ら経典の注釈書(法華義疏など)を著すほど深く仏教を学び、法隆寺や四天王寺をはじめとする多くの寺院を建立しました。
飢えた旅人と、聖徳太子の慈しみ
聖徳太子の深い慈悲を伝える逸話として、『日本書紀』に記された「片岡山の飢人伝説」が知られています。ある日、片岡山で行き倒れている飢えた人を見つけた聖徳太子は、食べ物と飲み物を与え、自らの衣を脱いでその人にかけ、「安らかに休みなさい」と声をかけたと伝えられています。翌日、その人はすでに亡くなっていましたが、太子は深く悲しみ、丁重に葬らせました。後日、墓を確かめさせると、遺体はなく、太子が与えた衣だけが畳んで置かれていたといいます。この不思議な出来事から、人々は太子をますます敬うようになったと伝えられています。史実かどうかは分かりませんが、地位の高い皇族が、道端で行き倒れた見知らぬ人に自ら手を差し伸べたという物語は、仏教が説く慈悲の心を体現するエピソードとして、今も語り継がれています。

