教え
一人の念仏が、すべての人の念仏と融け合い、共に功徳が高まっていくという「融通念仏」の教えを大切にしています。「融通(ゆうづう)」とは、もともと「様々なものが溶け合い、一つに和合すること」を意味する言葉です。「融通が利く」「少し融通してほしい」という日常の言い回しも、ここから来ています。
開祖の生涯
良忍上人は1073年、尾張国(現在の愛知県)に生まれました。12歳で比叡山に登って出家し、天台の教学・戒律・密教を幅広く学びます。特に、仏教の儀式で唱えられる声明(しょうみょう)の分野で優れた才能を発揮し、後に「声明中興の祖」とも呼ばれました。20歳のとき、比叡山を下りて大原(京都)に隠棲します。45歳のとき、修行中に阿弥陀如来が現れ、「一人一切人 一切人一人」(一人の念仏がすべての人のためになり、すべての人の念仏が一人のためになる)という偈文(げもん)を授かったと伝えられています。これが、融通念仏の教えが開かれるきっかけとなりました。その後、宮中でも念仏の法要を行い、摂津(大阪)の寺院(現在の大念佛寺)を教えの根本道場と定めました。60歳で、若き日を過ごした大原にて生涯を終えられました。

