教え

僧侶が守るべき戒律を、正しく日本に伝えることを目的として開かれた宗派です。開祖の鑑真和上がんじんわじょうは、幾度もの失敗を乗り越えて来日したことで知られています。

開祖の生涯

鑑真和上がんじんわじょうは688年、唐(中国)の揚州に生まれ、14歳で出家しゅっけしました。戒律の勉学に励み、揚州・大明寺の住職を務めていたところ、日本の聖武天皇しょうむてんのうの依頼を受けた留学僧・栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)から、日本へ正しい戒律を伝えてほしいという願いを受けます。鑑真和上がんじんわじょうはこれを引き受け、渡日を決意しました。 しかし、当時の航海は困難を極め、密告や嵐、難破などにより、渡航は5度も失敗します。その間に同行していた栄叡は病で亡くなり、鑑真和上がんじんわじょう自身も、失明してしまいました。それでもなお志を曲げず、12年後、6回目の航海でついに来日を果たします。753年、66歳のときでした。日本で初めての正式な授戒じゅかいを行い、その後、戒律を学ぶ道場として唐招提寺を建立しました。763年、76歳で生涯を終えられました。仏教のみならず、建築や医学など、日本の文化に幅広い影響を残した人物としても知られています。