教え

坐禅とあわせて、師から与えられる問い(公案)に向き合うことで、悟りへの気づきを得るという教えです。

曹洞宗そうとうしゅうとの違い

「禅宗」と聞いて多くの方が思い浮かべるのが、この臨済宗りんざいしゅう曹洞宗そうとうしゅうですが、両者には修行の方法に大きな違いがあります。**臨済宗りんざいしゅうは、師から与えられる「公案(禅問答)」に向き合いながら坐禅を行う「公案禅(看話禅)」が中心で、坐る向きは道場の中央を向く「対面」、比較的「動」の修行と表現されることもあります。一方曹洞宗そうとうしゅう**は、目的を定めずただひたすら坐ることに徹する「只管打坐(黙照禅)」が中心で、坐る向きは壁に向かう「面壁」、比較的「静」の修行と表現されることもあります。どちらが優れているということではなく、坐禅への向き合い方のアプローチの違いです。

開祖の生涯

栄西禅師は1141年、備中国(現在の岡山県)に生まれました。13歳で比叡山ひえいざんに上り出家しゅっけし、天台の教学や密教みっきょうを学びましたが、当時の比叡山ひえいざんのあり方に疑問を抱きます。日本の仏教を立て直したいという思いから、中国(南宋)へ2度渡ります。2度目の渡航では、臨済禅を5年にわたり修行し、1191年、印可(教えを受け継いだ証)を受けて帰国しました。帰国後は、旧来の仏教勢力からの妨害もあり、長く布教に苦労しましたが、62歳のとき、京都に建仁寺を開山し、京都で初めて禅の教えを広めることができました。栄西禅師は、中国から茶の種を持ち帰り、日本にお茶を飲む習慣を広めたことでも知られ、「茶祖」とも呼ばれています。晩年に著した「喫茶養生記」には、お茶の効能が詳しく記されており、体調を崩した将軍・源実朝に茶とともに献上した逸話も伝えられています。