教え

南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」と唱えること(唱題)を通じて、法華経ほけきょうの教えに帰依するという考え方です。戒名かいみょうは「法号ほうごう」と呼ばれます。

開祖の生涯

日蓮聖人は1222年に生まれ、1253年、31歳のとき「南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう」の題目を立て、日蓮宗にちれんしゅうを開きました(立教開宗)。当時、災害や疫病が相次いでいた世の中を憂い、1260年に「立正安国論」を著し、時の権力者に正しい仏法への帰依を進言しましたが、これが既存の勢力の反発を招き、生涯を通じて幾度もの法難に見舞われることになります。 1261年には伊豆国へ流罪、1271年には処刑されかけるという危機(竜の口の法難)を経て、その後佐渡(新潟県)へ流罪となりました。赦免された後は、身延山(山梨県)に入り、9年にわたって教えを説き続けます。1282年、病の療養のため身延を出発しましたが、その道中、武蔵国池上(現在の東京都大田区)にて、61歳で生涯を終えられました。数々の困難の中でも、信念を貫き通した生涯として知られています。