教え
奈良時代に伝わった、日本で最も歴史のある宗派の一つです。すべての存在は心のはたらきによって生じる、という**唯識(ゆいしき)**の教えを大切にしています。中国での開祖は慈恩大師(窺基)ですが、日本には遣唐使として学んだ道昭によって伝えられました。
「唯識」とは、どのような教えか
「唯識」とは、文字通り「ただ心だけがある」という意味です。私たちが「確かにそこにある」と信じている周りの世界も、実は一人ひとりの心が作り出しているものだ、という考え方です。
わかりやすいたとえとして、こんな話があります。夜道を歩いていて、茂みの中に何かがいるのに気づき、「蛇だ」とぎょっとして立ち止まったところ、よく見ると、それはただの縄だった——という話です。同じ縄を見ても、「蛇だ」と怖がる心と、「なんだ、縄か」と落ち着いて見る心とでは、まったく違う世界が立ち現れます。法相宗では、私たちの心の奥底には、これまでのすべての経験が種として蓄えられている**阿頼耶識(あらやしき)**という深層意識があるとされ、そこに蓄えられた経験が、私たちが世界をどう見るかを形作っていると考えます。自分の心のはたらきに気づき、その仕組みを見つめ直していくことが、法相宗の修行の中心にあります。
開祖の生涯
道昭は629年、河内国(現在の大阪府)に生まれました。653年、遣唐使の一員として唐に渡り、あの三蔵法師として知られる**玄奘(げんじょう)**に師事し、法相の教学(唯識)を学びます。玄奘は道昭を格別に可愛がり、同じ部屋に住まわせて指導したと伝えられています。中国では、玄奘の弟子である基(慈恩大師)が法相宗の実質的な開祖とされていますが、道昭はその教えを日本へ持ち帰った最初の人物です。 660年ごろに帰国し、飛鳥寺(元興寺)に禅院を建てて、法相の教学と禅を広めました。これが日本における法相宗の始まりとされています。晩年は諸国を巡り、井戸を掘ったり橋を架けたりと、社会福祉のための活動にも力を注ぎました(宇治橋の架設にも関わったと伝えられています)。700年、72歳で、座禅をしたまま生涯を終えられたとされ、その遺言により火葬に付されました。これが日本で初めての火葬であったともいわれています。
弟子・行基と、東大寺の大仏
道昭の弟子の中でも、とりわけ知られているのが**行基(ぎょうき)です。15歳で出家した行基は、道昭のもとで法相の教学を学ぶかたわら、諸国をめぐって民衆に仏の教えを説き、井戸を掘る、橋を架ける、ため池をつくるといった社会事業にも力を尽くしました。こうした活動は、当初は朝廷から取り締まりを受けることもありましたが、次第にその働きが認められていきます。743年、聖武天皇が発願した東大寺の大仏(盧舎那仏)造立にあたっては、資金集めや人々を動員する役目を任され、多くの人々の協力を取りまとめました。745年には、その功績により、日本で初めて大僧正(だいそうじょう)**という最高位を授かっています。生前から人々に「行基菩薩」と慕われ、師である道昭から受け継いだ教学と実践を、社会に開かれた形で花開かせた人物として、今も語り継がれています。

